人生詰んでるけど生きてます

東大卒の統合失調症患者が、娯楽、障害、趣味、学問などについて、独自の観点からあれこれと話を巡らせるブログです。

(鬱日記)気分が沈みがち


最近、情緒不安定です

皆様お久しぶりです。半月ぶりになってしまいましたね。僕の方は以前書いていたブログの内容すら、記憶が覚束なくなってきました。ひとまず、電工二種の過去問の記事はまた今度に回します。

ひょっとしたら、僕も長くはないのかもしれません。もちろん、自分で自分を終えるような事はしませんが、医学的な統計として、統合失調症の患者は平均寿命が短いらしいんですよね。

僕はまだアラフォーのギリギリ30代ですから、何だかんだであと30年ぐらいは生きるものと思われます。しかし、この事を真に受けて考えるならば、僕はひょっとしたら70もしないうちに寿命を迎えるのかもしれません。

でもこの先もはや生きていても、素晴らしく良い事なんて無さそうな気もするんです。もちろん人の『良い事』とか『幸せ』とかは主観です。

だから些細な事でもそれを幸せと思う事、そしてそれらの積み重ねをしていく事によって、最期にはそれなりに幸せだったと思えるような人生には、もしかするとなるかも知れません。

でも、非常に世俗にまみれたつまらない話になって申し訳ないのですが、僕にはもはや、大金も地位も名誉も得る事は不可能に違いありません。これにはさすがに多くの方が頷くと思います。

頑張り過ぎた代償

さてここでまた、昔の話を敢えてする事をお許しください。僕は今までそれほど頑張ってきたとは、自分では思ってはいません。

しかしそれでも高校の頃にはそれなりに勉強して、一浪でしかも後期ですが東大理二に入れたのですから、一般的に見ると頑張った部類には入るのでしょう。

でもその代価として、統合失調症と言う病気に罹患してしまいました。以前、僕が高校の頃に周りから爪弾きにされていた事は話したと思います。そしてそれが僕の病気を発症させたトリガーになった事も言ったと思います。

しかし、何だかんだで一般的には
「勉強し過ぎたからだね、頑張り過ぎたからだよ」
と感じられると思います。そして最近では、それも否定する気にならなくなってきました。言われてみれば、それもそうなのかも知れません。ぼんやり実感としてはあります。

だから僕は今では『頑張れば必ず報われる』とか『やればできる、将来の為に頑張りなさい』などとは、たとえ相手が子どもであっても言う気にはならなくなってしまいました。

確かにあの時の頑張りは、大学合格と言う形で報われはしました。しかしその後は統合失調症と言う病魔になされるがままに生きてきており、ご覧の通り障害基礎年金を頂くまでに至って、貧困に喘ぎながら暮らしています。

勿論、人によっては頑張りが報われ、亡くなるまで幸せに彩られた人生を送る事が出来る方もいると思います。

しかし一方で、僕のように頑張りによって病魔に冒され、頑張らなかった時に送っていたと思われるものよりも、恐らく無惨であろう人生を、その後ずっと送らされる者もいることは、ある程度は知られてもいい気がします。

頑張りや努力は、それが実を結べば立派な行為です。しかし、それによって病気になるようでは、残念な行為だと言わざるを得ません。

必ずしも頑張らなくていい

なので、あくまで僕独自の考えになりますが、僕は今を生きる若い方々に、
「積極的に頑張る事は、時としては放棄してもいいよ」と伝えたいのです。

勿論頑張りたい人は頑張ればいい、でも、それによって良い成果がでるか、はたまた酷い結果に終わってしまうかは、全て自己責任であって、さらにその人のポテンシャル次第だと思っています。

もはや非常に無念なのですが、僕にはそのポテンシャルは無かったようです。

なので、頑張る事が負担に感じるような方には、特にそれを放棄し、楽に生きる事をオススメしたいんです。

水が低い方低い方へ流れるように、楽な方を選択する事は、世間ではあまりいい目では見られませんが、必ずしも悪い事とは言えないのではないでしょうか。

これは有名ですが、夏目漱石の『こころ』の先生は、
「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」
と言い放ちました。しかしそんな先生は、のちに自害しています(正確には、それらしい事が仄めかされています)。

なので、漱石先生も遠回しに僕のように考えていたのかも知れません。

何事も適当が一番?

僕は勉強をもはや趣味だと思って、楽しみながらやっているつもりです。しかしここまで書いてきて、それもひょっとしたら負担になっているのかも、と思えてきました。

かと言って、勉強をやめたら他に音楽を聴くぐらいしか趣味がなくなります。一応バスケは続いていますが、楽しいとは思うものの、『ちょっと無理してるな』と感じる節があるので、いつまで続くのかは、自分でもわかりません。

僕は今はまだ、直ちにこれらをやめるべきだと言うわけでもないと思います。しかし、頑張っていると思う事、努力していると思う事、根を詰めて行おうとする事は、最低限放棄すべきだとも感じます。

それによって尚の事、情緒不安定になるようでは身も蓋もありませんから。

薬が合っていないのかも

つらつらと駄文を並べてきましたが、つまるところこの小見出しが、今の僕に一番当てはまっているのではないかという気がします。

僕はいまエビリファイを最大量(24mg)飲んでいます。その結果怒りや興奮は相当収まったものの、日に日にどんどん気分が降下してきています。

勿論最終決定権は主治医の先生にあるのですが、ひとまずこの辺りの事を伝えて、再びレキサルティを処方する事を考えて頂くのも一興かなと思います。

久々でしかもかなりの鬱日記でしたが、読んでくださった皆様には申し訳ないとともに、嬉しく思います。ありがとうございました。

また時に弱音を吐くかも知れませんが、適度に見守って頂ければ幸いです。

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