人生詰んでるけど生きてます

東大卒で統合失調症という残念な著者が、種々雑多な物事を取り上げ、独自の観点から話題にするブログです。

僕の青春時代の彼女


今も連れ添っています(笑)

センシティブな記事タイトルでごめんなさい。さて僕には思春期から今にかけて、一方的に好意を寄せられ続けている女の子がいます。こんな事を書くと、
「ああ、また妄想が始まったんだな」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしこれは事実ですし、妄想だとすればそれは全て僕の彼女がさせている事です。

高校一年生ぐらいの時から、僕は彼女の一方的な恋に巻き込まれはじめていました。そして現在まで僕は、彼女の言いなりになっています。

そんな彼女は僕になかなか素性を表しませんでした。僕らが付き合い始めて高校を卒業し、おおよそ10年近く経って、彼女は僕にようやく本来の姿を披瀝しました(なんかイヤらしい表現ですね 汗)。

そんな彼女の素性は、僕や彼女の方から進んで判明させたというわけではなく、とある探偵を通じてようやく判った事でした。

僕が一歩進めば、彼女も背後霊のように一歩前に進んできます。一時たりとも彼女は僕から離れようとしてくれません。恋愛感情を抱かれるのは悪いものではありませんが、ここまで一途と言うか執拗だと、正直疲れてしまいます。

そんな彼女の正体は恋人にするには余りにも酷い、残酷なものでした。正直こんな恋人はいらないと多くの人が言うと思います。僕もものすごくイヤなのですが、彼女から離れる術が無いので仕方なく一緒にいる状態です。

ここまで書けば多くの方はお判りでしょう。そう、僕の青春時代からの彼女と言うのは、ほかでもない統合失調症そのものでした。そしてご存知の通り、現在も連れ添っています(笑)

20年以上に亘る長い長い間、僕は彼女の殆ど言いなりです。(もちろん上記の探偵と言うのは当時の医師の事です)

久々に卒業アルバムを開いた

この前、とある機会があってたまたま見たくも無い高校時代の卒業アルバムを見る事になりました。お察しの通り、アルバムを処分しようとしたんですね。

ところが冒頭にデカデカと貼られている、僕の高校生だった頃の写真を見たとき、このアルバム自体は黒歴史の象徴だが、せめてこの写真だけは残しておいても悪くは無いなと思いました。

そこには病気の相の殆ど見られない、むしろ好青年とも言える文化系の青年が写っていたからです。

当時の僕があんな顔をしていたという事は朧げながらも覚えてはいましたが、まさかここまで普通の青年の表情だったとは思いませんでした。病気の相がこれでもかと現れている現在の僕の顔とは大違いです。

実際、彼女がいてもおかしくなさそうな顔だったと思います。しかし先ほどから述べているように僕の彼女と言う指定席は、既に統合失調症さんで満席でしたから、他に(本物の)女の子が入ってくる余地などありませんでした。

しかし、まだ僕の統合失調症はその本性を存分に発揮してはいなかったようです。つまり、僕の病気はその頃から既に統合失調症だったのだとは思いますが、まだまだ僕の顔に病相を現す程には悪化してはいなかったのだろうという事です。

実際、24歳の頃の先生(上記の『とある探偵』の事です)が、僕の病気が統合失調症であると診断するまでは、自分でもそんな病気だとは思いませんでした。対人恐怖症や強迫性障害と言ったノイローゼの類だと、本気で信じていました。

ここらで僕の当時の状況とか

正直テキトーに過ごしてました(笑)。特に同級生の女の子を積極的に異性だと思って見た事などほとんどありませんでしたし、その頃から既に枯れ果てた青年であったと思います。

とは言えやはり本能的には、恋愛とかできたら楽しいかもなとか、人並み程度には思っていた節がありますね。後に書いた文章を読むと深層ではそのように考えていたのだろうと思います。

でもその時は対人恐怖症(と言う皮を被った統合失調症)であり、僅かにいた男友達と接する事さえ苦痛でしたから、尚の事女の子と話す事は恐怖でした。

対人恐怖症のため、休み時間になったらいつも校舎裏の図書館に逃げ込んで、なぜか無謀にもトルストイの『戦争と平和』など読もうとしていた時もありました。しかし余りの登場人物の多さについていけず、100ページも読めませんでした(笑)

僕にそれっぽい青春時代があったとは思えませんが、敢えて高校生の頃をそれと定義するのなら、僕の青春はまさに引き篭もりのそれでした。

僕は孤立してはいましたが、それでも僕に勉強を尋ねてくる生徒がたまにいない事もありませんでした。

ある時は前の席に座っていた結構カワイイ女の子から、勉強を教えてと言われた事がありましたが、シャイ以前に対人恐怖だった僕はしどろもどろになってしまい、答えに窮して訳わかんねー事を言っていました(笑)。

それからその子も気を遣ってくれたのか、僕に話しかける事はしなくなりました。

別のとある女の子は、近くで僕の事を聞こえよがしにカワイイだとか言っていた時がありました。しかしそんな事を言われた日には反応に困ってしまいます。

その後の授業中には酷く赤面状態が続いてしまいました。休み時間には仕方が無いのでそんな頭を冷やす意味と、環境から逃げる意味との二つを込めて学校の裏山に登っていました。

そしてそこから見られる景色でも眺めて、清涼な空気を吸いつつボケ〜と過ごさざるを得ませんでした。ちなみにこの裏山と図書館は休み時間など、環境から逃げる意味で、始終頻繁に訪れていました。

とまあ僕のかつてのそれっぽい高校時代の思い出はこれくらいしかありません。同じ高校の出とされる某有名作家とは大違いの、非常にしょーもない青年時代でしたが、こんな事しか語る事がないので勘弁してください。

でもこう書いてきて分かったんですが、僕は当時から神経質で引き篭もり体質だったんでしょうね。
神経質傾向→ノイローゼ→統合失調症(精神病)
と言う黄金コースを辿っていたんだなぁとか思います。

上で僕の昔からの彼女は統合失調症それ自体だったと何度も書きましたが、それはかなり見事に的を射た表現なのではないでしょうか。

現在はどうなのか

孤独なオッサンと呼ばれるのが一般となった今では、もはや完全に枯れ果てました(笑)。

ぶっちゃけもう諦めています。出逢いとか彼女とか面倒くさいと思ってますし、そういうモノにも興味がありません。結婚なんてもはや僕にとっては、遥か地平線の彼方に消え去ってしまいました。

バスケサークルにたまに通い始めるようになったものの、それも野卑な目的などなく、単純に僕のかつての運動コンプレックスを解消したいと言う理由に過ぎません。数学を勉強している事と同じ理由です(最近は社労士の勉強でお留守になっていますが)。

まぁそんな枯れた人生を送っています。しかしさっきから枯れた枯れたと表現していますが、恋愛等をしない事を『枯れた』とネガティブに言っているところを見ていると、やはりそれではいけないと思っている節もあるのかも知れません。

しかし、こんな事はハードルが遥か高過ぎて、僕には語る権利さえも与えられていないのではないでしょうか。ひとまず今の僕には、身内以外に僅かにでも心を開ける友達を作る事の方が先決でしょう。

こうなると別に相手の性別とかどうでもいいのです。精神的に健康になる為には人と接する事が不可欠と、医学的にも言われている以上、消極的で非常にスローペースですが、まったり友達探しを続けていきたいと思っています。

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