人生詰んでるけど生きてます

東大卒で統合失調症という残念な著者が、種々雑多な物事を取り上げ、独自の観点から話題にするブログです。

閉鎖病室での暮らしと看護師の方への敬意


まずは注意喚起

さて、例のこちらの系統の話題こそがこのブログのメインテーマです。

エネ管資格の話だけを読みたかった方は、こちらの記事を読んでもまるで良い事はない筈です。滅茶苦茶重くてヤバイ話題が書いてあります。僕の病状はよく分かると思いますが、ハッキリ言ってドン引きするでしょう。

しかし工業系資格についてのみを話題にした比較的無難な記事もこのブログには沢山あるので、それらの方をじっくりご高覧頂ければ著者としては幸甚です。


ここから本題の閉鎖病室の話

さて、僕はこのブログを書き始めた頃は、非常に疲れやすい状態でした。そこで入院したのですが(言うまでもなく精神科病棟すなわち精神病院です)、環境の変化に付いていけなかったのか異常に凶暴になってしまいました。

そして文字通り怒りくるって、無条件に先生方や看護師の皆さんに酷い暴言を吐きまくっていたのです。遂にはテーブルを全力で殴りつけて手の甲を痛めるなどしてしまいました。何の権力も体力もないのに、非常に愚かな事です。

さてその結果として、当然ながら閉鎖病室に10日ぐらい閉じ込められる事になりました。そのだいぶ前に既に資格マニアになり始めていた僕は、FP3級と測量士補を申し込んでいたので、それらの参考書や過去問集を病院に持ち込んでいました。しかし言うまでもなく、そんなものはその10日間は完全に没収されてしまったのでした。

閉鎖病室での10日間

まず、持っているものは衣服以外は全て没収されます。そしてベッドとトイレだけがある状態の部屋に、鍵をかけられて閉じ込められます。頭上には何やら監視カメラのようなものが10個ほど並んでいました。

歯ブラシや石鹸、タオルやシャンプーの類も、先生や看護師さん立会いでなければ持つことは許されません。また、部屋には時計さえないので時間も超アバウトにしか分かりません。

出口となる窓には当然ながら鉄格子が掛けられており、一方で扉には非常に小さな窓があるのみなので、破って逃げる事は絶対に出来ない仕組みになっていました。

ご飯は他の患者さんと同じく一日三回ですが、看護師さんが毎回鍵を開けて持ってくる事になっていました。ご飯を食べている時の全ての行動ももちろん厳格に見張られる事になります。

歯磨きも立会いのもと行われます。その後のうがいはその場で行うように指示され、その時々に持参される洗面器に歯垢などの混じった汚物を吐き出さねばなりませんでした。僕でなくてもこれは相当な屈辱だと思います。

さて文字通り完全に発狂していた僕が幽閉されてから初めにした事は、「とっととここから出せ!!」などと怒鳴りながら、ドアをやはり全力で殴ったり蹴ったりする事でした。しかしやはりハンパなく硬い金属で出来ていると分かりました。実際そのように出来ていると看護師さんから聞いたのです。

結局、これらの行為はただただ自らの手足をさらに傷つけるだけでした。特に手を握ったり開いたりしてみると、甲の関節部分のあの出っ張った骨に、ゴワゴワした痺れのような違和感が当分走るようになりました。

可哀想だと思ってくださる優しい方もいるかもしれませんが、やはり全ては僕の自業自得ですよね。

そして、脱出するのがもはや不可能だと悟った僕は、ようやく完全に諦め、寝心地の悪いベッドに横になって10個の監視カメラと睨めっこを始めました。叫ぶのも無駄だと分かったので止めました。

だからと言って僕は「模範的な患者」に、自発的になるつもりはありませんでした。そこで監視カメラが盗聴機能をも備えていると思い込んだ僕は、それらに向かってぶつくさわざとらしい不平を漏らすのでした。

どんな独り言を言っていたのか、もはや覚えていませんが、きっと統合失調症患者と思われる方がよく電車の中などで呟いたりしている独り言そのものだったのだろうと思います。

何だかんだ言っていい先生だった

前に当時の主治医の先生があまり良い事はなかったと書いたと思います。しかしあれから数ヶ月ほど経ち、当時の狂気が少しは収まってきた(と信じたい)僕が思うに、あの先生はやはりとても誠実な方でした。
(以下、先生や看護師さんに対して過剰に尊敬語を使って書くと、わざとらしい感じになってしまうのでなるべく普通に書きます)

実際、僕が閉鎖病室に入れられる程危険な状況になっていると知ったら、休診日だと言うのに朝一で駆けつけて診察してくれました。確かに時間短縮したがる様相は見られましたが、それでも話はしっかりと聞いてもらえましたし、適切な薬も出してくれたと思います。

確かに怒りに怒っていた僕に対して、キツイ言葉をかけてきた問診のドクターも一人ほどいました。しかしその言葉に本当に悪意があったと考える事は、あまり良いとは言えなさそうな気がします。

担当の看護師さんの優しさが心に染み渡った

僕の担当の看護師さんは、まだ新米の若い男性の方でした。しかし、患者の心身の本質的なケアをする看護師と言う偉大な職業は、あの方にとっては正に天職とも言える仕事だと思いました。実際入院の終わりの方でその事を伝えました。

でも現実的な方は以下の記述を「それは仕事だからだよ」とか、「それで金をもらうからだよ」と言うかもしれません。確かにそれはそうでしょう。

しかしその方はまだ看護師になりたてであったためか、本気で患者を治そうとする(たとえ完治はしないにしても)誠意が存分に見られました。少なくとも僕はそう感じました。

まず、閉鎖病室入室レベルの患者の僕に対して、看護師と言う立場であったにもかかわらず、決して上から目線ではなく、むしろ僕に強い敬意を払ってくれていました。

僕がご飯を食べている時も決して急かしたりはしない、薬も優しく渡してくれたり、プライドを傷つけないように配慮して自発的に飲ませてくれたりする。また先ほど述べたうがいも、なるべく見ないようにしてくれました。

そして何より良かった事は、僕の言動のすべてを肯定的に捉えてくれた事です。統合失調症でも何でもそうだと思いますが、患者が持っている特性を先生や看護師さんがポジティブに捉えてくれる事は、その患者にとっては強い心の支えになるでしょう。

その看護師さんは完璧にそれを理解していて、それを僕に実践してくれました。僕は今でもあの方の行ってくれた治療を感謝感激を持って思い出さない訳にはいきません。とは言え病状の為、今でも涙さえ出ないのですけどね。

例えば、僕の例の趣味やら勉強やらのつまらない話も親身になって本気で聞いてくれて、しかも優しく誠実な受け答えをして貰える。これが僕にとってどれだけ病状の改善に繋がった事でしょうか。僕はこのやり取りを経て、僅かずつではありますが「模範的な患者」に近づいていけたのでしょう。

どんな話のやり取りをしたか、流石にもはやほぼ全て忘れましたが、次第に看護師さんに対して心を開くことができてきた僕は、後にブログ(ここのことです)を立ち上げようと思っている事と、ブログタイトルを伝えました。

今、あの看護師さんがこのブログを見ているかどうかは分かりません。おそらくお仕事が忙しい筈ですし、重病患者も次から次へと入ってきている筈です。そのため、もし始めのうちだけは読んでいたとしても、既に読むのをやめていると思います。

それに多分、これだけの文面では感謝の三分の一も伝えられてはいないでしょう。しかしそれでもいいので、僕はあの方にはありがとうございましたと伝えたいのです。

前に書いたように、僕の罹っているような重統合失調症はまず完治しません。けれども、あの看護師さんが率先して僕を病状改善に導いてくれた事は確かなのです。

閉鎖病室から解放病室へ、そして退院

そのようにして僕はようやく閉鎖病室から出られました。そして解放病室で試験までの残り10日間ぐらいの間に、FP技能士3級のテキストの残りを急いで読みました。勉強があまり進んでいなかった測量士補は諦めました。

一日前には外泊という形で帰宅許可を貰い、そして当日FP3級の試験を受けました。あまり良い成績ではありませんでしたが、何とか合格できました。

そういう事もあってかどうかは分かりませんが、ともかく大分回復して来たと見なされたのか、しばらくして遂に退院を許可されました。

ですがバカな事に、僕は退院してからもしばらくの間はこの病院を恨んでいました。実際前にそれを如実に表した愚かな記事を書いていました。さらにそこには、看護師さんへの感謝の念など一言も書いていません。あれほどお世話になったと言うのに。

今頭を冷やして考えてみると、確かにこの病院で僕の症状はあまり軽くはならなかったかもしれませんが、少なくとも人の心の温かさを深く知る機会を貰えました。医療従事者の方々の仕事がいかに尊いかを知る事もできました。

少し前まで僕はこの病院には再び入院するまいなどと考えていたのですが、今は病状がいずれまた悪化したら、再度お世話になろうかと思っています。

そして少なくともその時は、当時のような酷く迷惑な患者にはならないように、ひたすら努めたいと思います。

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