人生詰んでるけど生きてます

東大卒で統合失調症という残念な著者が、種々雑多な物事を取り上げ、独自の観点から話題にするブログです。

東大の進振りと農学部獣医学科


信じがたい話かも知れませんが…

実は僕は、教養学部理科二類(以下、理二)時代に、進学振り分け(以下、進振り)で農学部獣医学科に行ける点数を取っていました。

とはいえ当時はまだまだ、有用資格よりも学問のやり甲斐を重視する東大生が多かったのです。特に理二では、中心的な学問分野とされている生物系の学部や学科が人気でした。

また理学部には、今となっては意外かもしれませんが、なかなかのブランド力があり、農学部の大抵の学科よりも上と見做される傾向がありました。

よってその頃は理学部生物学科や同生物化学科の点数の方が、農学部獣医学科よりも高いと言うわけわかんねー現象が起こっていました。

僕もその例に漏れず、専門の資格を取る事より学びたい学問を優先する姿勢を崩しませんでした。

そもそも進振りとはなんぞや

ここで少し話を横道にそらします。東大が進学に関して古くさい独創的なシステムを採用している事を知っている人は多いと思います。東大文科一類〜三類,理科一類〜三類という言葉(科類と言います)は、おそらく今ではほぼ全ての大学受験生が知っているでしょう。

さて、この大学の全ての学生は入学した時には駒場キャンパスにある教養学部に割り振られます。文○,理○と言うのは教養学部の一種の学科だと考えて頂いていいと思います。

そして、僕のように(苦笑)よっぽどヘマをして単位を落としたりしない限り、全ての学生は2年で専門学部学科に進む事となります。

で、他を希望しない限り文一は法学部に、文二は経済学部に、そして有名すぎる理三は医学部医学科に進む事になります。

それ以外の科類は基本的に入学時には進む学科が決まっていません。つまり駒場教養学部時代の成績に基づいて、行きたい学部学科を決め、そしてそこに振り分けられる事になるのです。これが進振りと言う制度です。

ちなみに理科二類から10人だけ医学部医学科に進学する事もできます。しかし全科目の平均点数が大体90点以上なければ無理なので、あまり現実的な案ではありません。

とは言っても元々数学や物理が得意な人で、なおかつ受験生の時と同じくらいの量の勉強をストイックにこなせば、不可能ではないと思います。
なお、このケースの90点のように、進学するのに必要な最低点数を底点(そこてん)と言います。

成績の芳しくない学生はどうなったか

今はシステムがどのようになっているのか分かりませんが、当時この大学では駒場の一〜二年生の間は2年間しか留年できない事になっていました。本郷の三〜四年生の間でもそうでした。

つまり一〜二年生では4年間しか在学は認められませんでした。従って駒場教養時での4年次に必須科目の単位を落としたり、全科目の単位数が足りなかったりすると放校処分となっていました。

駒場での放校は非常に厳しい処分で、これをされてしまうと東大に入学した事さえ取り消される事となりました(繰り返しますが今は変わっているかも知れません)。

僕は一年目は対人恐怖で留年し、さらに一年は数学の単位不足で留年しましたから、奇跡的にギリギリで本郷に進めた訳です。

理二当時の最終点数と進学した学部学科

今まで散々大学で落ちこぼれていたと書いてきましたが、事実です。しかしそれは三年生以降の理学部時代が主な話です。

確かに駒場では必須科目の中の数学、物理が壊滅していて、追試を繰り返し50点でした。しかし数学や物理を避けられ、なおかつ総単位数の半数ぐらいを占める総合科目群で、全て優を叩き出し、過去の栄光ですが平均点90点を出していました。

それで、全科目の平均点は77点と普通の理二生よりやや上の点数を出すことができました。

そして、第一志望,第二志望にギリギリ行けるか行けないかだった理学部生物学科の各専門課程を書き、第三志望には当時底点が75点ぐらいだった農学部獣医学科と書きました。

第一志望の専門分野は落ちましたが、第二志望に書いた専門課程に受かり、そこに行く事になりました。獣医学科には点数的に行けた結果でしたが、第三志望に書いていたため行く事ができなくなりました。

理科ニート類(今の理二の渾名)の本領発揮

そこからの生き様は今までこのブログに書いてきた通りです。ご覧のようにメンタルをいよいよ病んでニート全開となり、今ではニートとも呼べない年齢と化してきました。

今でこそ理二はこんな渾名で呼ばれているようですが、当時ははてなキーワードにもある通り、あまり存在感のない科類でした。つまりある意味でその頃からニートになる道を歩いてきた僕は、時代のトップランナーという事になるかも知れません(自虐です)。

今でも時々する後悔

第一志望の専門分野を僕は特にやりたかったのですが、実を言うと第二志望に書いた勉強は別段やりたくなかったのでした。

そして案の定勉強内容が面白くなく、またプライベートな別の理由の集合体の前に、ノイローゼ気味になってきて対人恐怖や強迫観念が亢進しました。現在の病名はこのブログのタイトル通りです。

そういう訳で、第二志望に農学部獣医学科と書いておけばひょっとしたら人生が変わっていたかも知れない、あるいはあまり変わらなかったとしても今ほどの状態にはならなかっただろうと後悔する事が多いです。

確か獣医師免許を持っていれば、32歳ぐらいまで公務員の仕事があった筈です。もちろん医師免許や歯科医師免許よりは少ないでしょうけれども、それでも今より仕事の選択肢は増えていたと思います。

また、当時の理二内部では比較的地味な学部学科でしたが、今では東大農学部獣医学科は獣医学課程と名を変え、国内最難関の獣医系学部学科として名高いです。それでも進学底点は実は当時とあまり変わらない(75点前後)ようで、コストパフォーマンスのかなり高い学部学科になっていると思っています。

名声が欲しかった訳ではありませんが、獣医師免許を持ってなおかつ東大卒の学歴があれば、たとえメンタルを病んでいても、かなり就職は楽だった可能性はあるでしょう。

とは言え…

どこの大学でもそうだと思いますが、獣医系も卒業するのは結構大変です。少なくとも農学部の弥生キャンパス(本郷キャンパスのすぐ隣)に最低4年間はいなければなりませんし、学ぶ内容も実習等も生易しいものではないでしょう。これは医学部医学科や歯学部等にも言える事だと思います。(ちなみに東大には歯学部や歯学科はありません)

そしてその時すでにメンタルを結構崩していた僕が、そのような実習や勉強について行けたかどうかは甚だ疑問です。ひょっとしたらあまりの実習のキツさに退学して東大中退の経歴になっていたかも知れません。と言うかその可能性の方がかなり高かったと言えます。(三年生,四年生,それ以降の時に大学を辞めたら中退となり、入学実績は認められるようになっていました)

これでいいのだ

そんな訳で時々やや後悔するものの、入るのはなかなか難しかったが出るのは楽だった生物学科を選んで良かったとも思います。お陰で、東大卒の学歴だけは得ることができました。

今までこの学歴が殆ど役に立たなかった事は何度も書きましたが、それでも中退や放校処分の方々のケースと比べれば、幾分は救われた面もあったかも知れません。そのような訳で今はなるべく、あれで良かったのだと諦める事にしています。

これからの東大駒場生の方々が一人でも多く、望んでいる学部学科に行き、ご自身の興味に合致した学問ができる事を祈って止みません。

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